東北の首都仙台

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仙台の歴史

仙台市は都会的な街ということで、近代的なイメージ持っている方が多いと思うのですが、仙台は古くは旧石器時代から栄えてきたところだったのです。仙台市内では旧石器時代のキャンプ跡が見つかっており、さらに弥生時代には稲作も盛んに行われていたことが分かっています。平安時代になると様々な寺社が建立され、特に国分寺の周辺は和歌によく詠まれる「歌枕」として非常に有名になりました。鎌倉時代や室町時代に入ると、たびたび戦の舞台になり、室町時代には奥州探題が置かれて、本格的に日本国の一部として認知されるようになりました。戦国時代になると有名な伊達家が徐々に頭角を現すようになり、政宗の時代には、その名を全国にとどろかせるようになりました。しかしながら伊達政宗の行いに不安を感じた当時の関白である豊臣秀吉は、彼を仙台という土地に押し込めておくことによって、彼の脅威を退けていました。そのあとを継いだ徳川家康も同様で、政宗の才気とその行動力を警戒し、関ケ原の戦いに加担すれば100万石をあたえるという約束を反故にして、結局仙台に押し込めたままにしていました。しかしながら政宗は個人的にスペインと外交を行うなどして、東北の中でも新しい文化や技術をどんどん取り入れていたのです。幕末、仙台藩は、奥羽越列藩同盟の盟主となり、旧幕府軍の筆頭として新政府軍と対立しました。廃藩置県になると仙台県となり、今の仙台市と同じような土台ができあがりました。